中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―  第108回 監査の道

 満鉄は、定款で鉄道の便益のために付帯事業を営むこととされており、その事業は、鉱業、水運業、電気業、倉庫業、鉄道附属地における土地・家屋の経営などであり、特にこの都市基盤の整備には力を入れてきました。これらのインフラ整備には巨額の資金が必要でありますが、これらの事業を実施するために満鉄の資金を使用せず、鉄道周辺地域の住民から手数料を徴収して整備費用に充てました。鉄道事業の用地内の住民に対して絶対的排他的行政権を行使し、すなわち中国政府またその後満州国政府による課税権を原則的に排除して、治外法権的な地域としたわけです。これらの業務は、満鉄組織における地方課において行なわれました。地方課では、公共施設と土地・建物の貸付を担当していました。さらに、尋常高等小学校、幼稚園、青年学校、図書館、医科大学、各地の医院(病院)、教育・衛生研究所などを管理していました。

 このような組織を見ると、満鉄は原則的に事業部制がとられていたといえるでしょう。事業部制は、事業形態が複雑で製品種類が多く、多角化が進んだ大規模な組織に適するわけですから、当時は事業部制という言葉が使われていたか不明ですが、米国で初めて事業部制を採用した企業はデュポン社ですが、これは大正10年(1921年)のことです。満鉄の設立は明治39年(1906年)で、何度か組織変更を実施し、昭和20年の日本の敗戦によりソ連軍に接収され、その後中国に移管されましたが、この米国デュポン社の事業部制についても情報を得ていたものと思われます。

 デュポン社が、事業部制を採用した時、創立者イレネー・デュポンは、全従業員に対して次のような声明(要約)を出しました。
「わが社は、これまで長年にわたって職能系列にしたがって組織されてきた。しかし、いかなる事業系列についても、従業員はその成功や失敗に対して直接的責任を負うことはなかった。事業が爆薬に限定されていたときには、このような組織で十分であった。しかし、ファブリコイド(人造皮革)、ピラリン(セルロイド)などの事業を追加してからは、運営に重大な欠陥のあることが明らかになった。そのため、自分が担当する部門に対して十分な権限と責任を与えられたゼネラル・マネジャーに各事業系列を任せるべきであるという結論にしたがって、爆薬事業部、染料事業部、ピラリン事業部、塗料事業部、セルロース製品事業部の5つの事業部とすることにした。この新しい組織では責任が明確になり、⾃分の利害について敏感になり、仕事に熱⼼になり効率的に仕事をするようになる。その結果、この組織が諸君の努⼒に対してより直接的でより明確な影響を与え、わが社の事業経営が利益を⽣むような⽅向へと諸君の努⼒を導くものと考えられる。」
1920年代の米国では、デュポンの他にゼネラル・モーターズ(GM)、スタンダード石油、シアーズ・ローバックなどが事業部制に移行しています。特にGMの事業部制については、後年経営学者ピーター・ドラッカーが詳細な分析・調査をして、事業部に最大限の独立性と責任を与え、全体の一体性を保持し、集権と分権の バランスに成功した例である、と賞賛しています。

満鉄の昭和4年(1929年)の組織図を見ますと、鉄道部、炭鉱部、製鉄所などの下に経理課、庶務課などが見られますので、ある程度の事業部制が取られていたもののように思えます。設立10年後の大正5年度(3月決算)における事業部別の売上・利益は下記のようになっています。公表会計では、各事業部の損益とは別に全社の費用を計算していますので、完全な事業部制会計とはなっていないようです。

売上高 
総利益
(億円)
鉄道事業   278 193
鉱業事業 159 20
港湾事業 252 3
船舶事業 17 2
地方事業 14 12
電気事業 12 5
総体費 △32

 なお、日本で最初に事業部制をとった会社は松下電器といわれています。昭和8年(1933年)松下幸之助は自主責任経営の徹底と経営者の育成を目的として、事業部制を実施しました。ラジオ部門を第1事業部、ランプ・乾電池部門を第2事業部、配線器具・合成樹脂・電熱部門を第3事業部とする3つの事業部に分け、製品分野別の自主責任経営体制を敷き、各事業部はそれぞれの下に工場と出張所を持ち、製品の開発から生産、販売、収支に至るまで、一貫して責任をもつ独立採算制の事業体となりました。

(参考資料)
「満鉄における鉄道業の展開一効率性と収益性の視点より一」 林采成 北大経済学研究 2010 
「満鉄『附属地経営』の財政収支」 北大経済学研究 平井廣一 2010
「事業部制組織開発に伴うデュポン社⼈事部・サーヴィス部の再編」 森川章 名城論叢 2006
「満鉄全史」 加藤聖文 講談社 2006
「南満州鐡道株式會社10年史」 南満州鐡道株式會社 1919

今でも走っている満鉄時代の路面電車大連市

事業部制を説明する松下幸之助DIME HPより

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