中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―  第100回 監査の道

大正3年7月、わが国最初の監査について書かれた書物「實用會計監査法」(414ぺージ帝国會計協會発行)が発刊されました。この帝国會計協會は明治後期に会田勘左衛門により設立され、次のような目的を有していました。1.会計及び起業経営に関する知識の普及を図る。2.公私会計事務就職者の地位の向上を図る。3.公許会計人の制度を移植し其の用途を拓く。4.会計に関する人材の供給紹介を為す。そして、わが国唯一の会計雑誌である「企業及經營」を発行していました。本書の冒頭で会田氏は、英米における会計監査の大要を世に紹介するために編集し、外国の書をそのまま翻訳しても何の利益もないので、九章以下三章はスパイサー、ペグラー二氏の翻訳(「Practical Auditing」spicer & pegler 1911)であるが、後は編者の私案であると断っています。そして、この本の編纂については会員の岡田誠一氏がほとんど執筆したと記しています。なお、本書巻頭には、渋沢栄一の次のような揮毫きごうがあります。
「行之以禮 守之以信(甲寅7月青淵題)」
甲寅きのえとら7月は大正3年7月であり、青淵せいえんとは渋沢栄一の雅号で、水を青々とたたえた深い淵の意味です。青渊の由来は、渋沢が18才頃、深谷市血洗島の生家の下に池の渊があり、そのことから青渊という号が出来たと、本人が話しています。なお、血洗島の地名は現在でも深谷市にあり、いろいろな伝説が伝えられています。

揮毫の内容は、中国、周時代の秦しん(紀元前778年~紀元前206年) の思想家で老子の弟子とされる関尹子かんいんしが書いたとされる「文始真経ぶんししんきょう」の三極の章に、「關尹子曰:聖人知我無我、故同之以仁。知事無我、故權之以義。知心無我、故戒之以禮。知識無我、故照之以智。知言無我、故守之以信。」(中國哲學書電子化計劃より)を参考にしたものではないかと推察されます。すなわち、下線部については、聖人は心には自分がないことを知っているので、儀式・作法・制度など(禮)によって戒める。言葉には自分がないことを知っているので、言明や約束(信)をどこまでも通すことによって守る。わが国初の監査書に、渋沢はこのような思いを託したものと思えます。しかし、出典はあくまでも推察ですので、読者諸氏のご意見を頂けたら幸いです。

本書の構成は以下のとおりです。
緒言
第一章   會計監査の種類
第二章   財産記録 
第三章   會計内規
第四章   記録の誤謬
第五章   會計監査人の資格
第六章   會計監査人の責任 
第七章   會計監査の準備
第八章   現金有高及銀行預金の監査
第九章   金銭出納帳の監査
第十章   賣買取引の監査
第十一章  非人名勘定の監査 
第十二章  財産調
第十三章  營業の種類に依りて注意すべき事項
第十四章  株式會社に特別なる事項
第十五章  處分利益
結論

 本書の緒言において、会計監査は英語のアウデット(Audit)なる語を訳したものであり、財産記録の検査であって、その記録が財産の真情を示しているか否かを明らかにするものであるとしています。従って、会計監査の事務は、記録検査にその範囲を限るものであり、不正行為があるに違ないとの猜疑心から手を変え品を変えて探索するが如きは会計監査人の義務でもなければ希望でもないといいます。このような監査に対する考えは、最近まで会計監査は不正発見がその第一義的な目的ではないとして、長い間主張し続けてきました。100年以上前に、すでに会計監査の目的は会計記録の適正性の検証にあり不正摘発ではないと考えていたことが分かります。

實用會計監査法

渋沢栄一の揮毫

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