中村義人の一言ゼミナール

社会人のための会計と監査 -会計監査はどのように役立つか- 第120回 監査の道

小国主義を主張する石橋湛山は、大正10年7月から8月の東洋経済新報の社説において、「朝鮮・台湾・樺太を棄てる覚悟をしろ、また支那やシベリアに対する干渉をやめろ。」との意見を公表しました。しかし、この意見に対して、次のような反論がされていることを書いています。
まず、第一に我が国は、これらの場所をしっかり抑えておかねば、経済的、国防的に自立することはできない。これは、強大な軍事力を持つソ連に対する脅威に基づくものですが、実際には無益であったことをその後の歴史が明らかにしました。第二に、列強は海外に広大な植民地を有しており、日本だけ海外の領土を棄てろというのは不公平である。
これらの反論は、後に松岡洋右が言う「満蒙より大和民族が退却する日は、即ち大和民族の生存権が否認される時であり、日露戦争のためにわが国は十万の精霊と二十億の国帑こくどを犠牲としたにもかかわらず、それは国家の存亡までを賭けることになる。」(第119回 監査の道参照)との考えになっていきます。
そして、このような思想は広く国民に浸透し、領土拡大主義は後戻りできないようになっていきました。
また、満蒙進出の正当化論理として、石原莞爾かんじ(関東軍参謀本部、陸軍中将)や東洋史学者らは、満蒙は満州および蒙古人のものにして、蒙古人は漢民族よりもむしろ大和民族に近く日本が統治すべきとした人種論まで飛び出すことになりました。

昭和の時代に入ると政府は積極的な満洲移民政策を進め、20年間に100万戸500万人を送り出す政策を打ち出します(昭和11年 広田弘毅内閣二十カ年百万戸送出計画」)。
また、成人移民だけでは足りず10代の青少年を満州に送り出す法案が閣議決定され、具体的に「満蒙開拓青少年義勇軍募集要項」が作成されました。青少年移民に関する送り出す壮行会も各地で開かれました。
昭和14年6月8日、朝日新聞社主催満蒙開拓青少年義勇軍の壮行会を報じる紙上には「征け若き先駆者 闘志も頼もし紅顔二千五百 けふ帝都を大行進」の勇ましい見出しが目につきます。大陸での厳しい開拓農営に耐えられるように、訓練所が茨城県常磐線内原駅近くの松林の中に建設され(内原訓練所)、そこで3ヵ月の学習、武道、体育と農作業の基礎訓練を受けることになりました。2階建ての円形をした特色ある宿舎(日輪兵舎)は、300棟も建てられ、ここから8万5千人の青少年が昭和13年から20年まで満州に送られました。現在、水戸市内原町に当時の模様を伝える「内原郷土史義勇軍資料館」が建てられています。

このように、政府、軍、マスコミ、国民が満蒙進出の正当化を唱えた中で、湛山は、前述の社説において、経済的、国防的理由は幻想であり、領土拡大は小欲に囚われて、大欲を成し遂げる途を分かっていないと応えます。まず、経済的な問題については貿易の数字で調べるのが早道として次のように具体的な数字をあげて説明します。

「大正9年の朝鮮・台湾・満洲との貿易額合計(輸出と輸入の合計額)をみると、朝鮮3億1千2百万円、台湾2億9千2百万円、満洲3億1千万円である。同年の米国に対する貿易額合計は、14億3千8百万円、インドに対しては5億8千7百万円であり、英国に対しては3億3千万円であった。朝鮮・台湾・満洲との各商売は英国にも及んでいない。また、明治43年の対支那の貿易は、輸出入合計1億5千9百万円であったが、大正9年には6億2千8百万円になった。増加額は4億7千万円である。しかし、米国に対する貿易は、明治43年ほとんど支那と同じの1億9千8百万円であったが、大正9年には14億3千8百万円に増加し、この間の増加額は12億4千万円にもなっている。支那に対する干渉政策がいかに経済上無力であったが分かる。」

湛山はこれらの数字から、領土拡大主義がわが国の経済的自立に欠くべからず要件などという説は全く取るに足りない意見であるといいます。
しかし、領土拡大主義は、経済的な理由だけではなく、国民の生活への不満や働き口の不足、西欧の植民地政策の模倣など国民感情によることにあるとも思えます。そして、歴史は湛山の意見を無視して反対の道、中国への不経済な進出と米国貿易の消滅の道を歩んでいきました。

現在、中国の政治は尖閣諸島や南シナ海などへの海洋進出を進めており、我が国は反対の立場を取っていますが、これらをもって中国との関係をなくすことはできません。
中国との関係を経済的に見ると、2019年の貿易統計(日本貿易会)では中国への輸出は米国(第1位20%)とほぼ並び輸出全体の19%を占め、輸入は米国(第2位11%)を抜いて輸入全体の23%の第1位を占めています。日本の輸出はアジア中心ですが、それは全体の54%を占め、その内対中国は韓国の12%を大幅に超え35%になっています。
また、中国からの輸入品ついては2000年頃までは、衣類、魚介、繊維などが上位に入っていましたが、2019年では通信機、電算機、金属製品などデジタル時代の品目が上位にみられます。経済はグローバル社会を背景にして自由化が進んでいますが、政治は各国内の歴史や文化に根付いた道を歩んでいるものと思えます。しかし、経済と政治は全く無関係ではなく、相互に関係し合っていることも確かです。
我々は、歴史に学びながら両者を慎重に見定め、難しいかじ取りをしていかなければなりません。

(参考資料)

「石橋湛山評論集」 松尾尊兌編  岩波書店 1991
「新聞と戦争」 新聞と戦争取材班 朝日新聞出版 2008
「満蒙開拓青少年義勇軍」  上 笙一郎 中公新書 1973


水戸市内原郷土史義勇軍資料館


帝国人口1億5百万人、内地人口73百万人 昭和16.4.18  朝日新聞

 

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